
活字中毒で何をするよりも本を読むことが好きでした。でも、作家そのものに興味を抱くようになったのは、
森瑤子
が初めて。その洒脱な大人の世界にすっかり引き込まれ、おしゃれで、ハンサムで、セレブな女流作家自身に憧れたものです。
1994年、彼女が永眠した翌年に出版された
「森瑤子の料理手帖」
は、ちょうど彼女が病に倒れる直前に撮影を終えたもの。友人や家族などゆかりの人々のエッセイを織り交ぜながら、第三者によって回顧形式で書かれたグラビアブックであり、レシピブック。森瑤子その人が、彼女の手になる料理が、その華やかな生活と交友録が、120ページのなかに詰まっています。作るとしたらこれが最後だった・・・その時期に彼女自身の魅力をクローズアップしてまとめたこの本の企画が持ち上がり、進行していったことはまさに奇跡です。

妻・主婦・母親・・・それだけで明け暮れていく毎日。薄れてゆく社会との接点。子持ちの主婦となった誰もが少なからず抱く焦燥感や絶望感は、自立心が旺盛でバリバリと働いていた女性であればなおのこと強いものでしょう。わたしにも、そんな時期が長くありました。
35歳の森瑤子は、自らのそんな思いをなにかに憑かれたように一気に書き上げた
「情事」
で文壇デビュー。以後の活躍ぶりはだれもが知るところです。
時を経て読み直してみても、すばらしい本というのはそのたびに新鮮な感動を与えてくれるもの。わたし自身、彼女の「35歳」という年齢に影響を受けて人生の大きな転機を同じころに迎えました。
森瑤子の著作は100冊を超えますが、残念ながらAmazonでは中古品しかヒットしません。
でも彼女が好きという方には、探し出してでも、ぜひこの「森瑤子の料理手帖」を手にいれていただきたいと思います。読むたびに、どれだけ彼女が多くの人に愛されていたか、短くともどれだけ素晴らしい人生を送ったかということに感動を覚え、胸がいっぱいになります。
わたしの好きな人は、みんな食いしん坊。食べるだけでなく、料理の腕もセンスも抜群だった森瑤子の「食」にからめ、彼女のいきざまをつづったこの本は、わたしの宝物のひとつ。
「『わたしは日に日に元気になっています。あんなに苦労してダイエットした日々を懐かしく思いだしています。(中略)そして何よりも元気印の人たちに逢って笑い転げたいわ・・・』
瑤子さん、私も、もう一度あなたの笑顔がみたい。一緒に食べて飲んで笑いたい。(本書中、大宅映子さんによる寄稿より)」
巻頭のこの一節は涙なくしては読めません。また彼女のハンサムぶりを象徴するのが、その男友達の多さと国際感覚。林真理子作品が「毒入りの等身大」なら、森瑤子作品は「身近な別世界」がその特徴だとわたしは思います。彼女の作品を生み出してきた原点となるものが、エッセイなどで読むよりもよくわかります。お墓があるというヨロンの別荘に、いつか訪れてその遺影に手を合わせたい・・・わたしの夢のひとつです。
「ふたりがこれから犯すすべての過ちに乾杯」
森瑤子が愛した男のひとり、アーネスト・ヘミングウェイが、自伝的小説「海流の中の島々」
でマルレーネ・ディートリッヒとおぼしき女性に言ったセリフ。彼女の小説にはこのセリフが何度か、サラリと登場しています。作品だけでなく人そのものにこれほど惹かれる作家には、もう出会えないだろうな、と思うのです。
商品: 森瑤子の料理手帖(1994年講談社)
価格: 1600円